自分に合ったお酒との付き合いができる社会へ、「減酒」の習慣を広めたい
お酒を飲みすぎて困ったという経験はありませんか。大塚製薬では、飲酒量と健康リスクとの関係に関する情報サイト『減酒.jp』や、日々の飲酒量や服薬を記録できるスマートフォンアプリ『減酒にっき』などを通じて、飲酒量を低減する「減酒」をサポートする活動を展開しています。なぜ減酒を広めたいのか。プロジェクトを担当している林(ハヤシ)さんに話を聞きました。
【プロフィール】
大学で薬学を学び、薬剤師免許を取得した後、1999年に大塚製薬へ入社。本社学術部肝臓領域を担当、応用開発部消化器領域 支店駐在、メディカル・アフェアーズ部を経て、2017年から医薬営業本部プロダクトマネジメントグループ所属となり、2019年より飲酒量低減薬のプロダクトマネージャーを務める。
お酒と上手に付き合うために、「減酒」という選択肢があることを伝えたい
― 林さんの現在の業務について教えてください。
2019年に発売されたアルコール依存症患者さんの飲酒量を低減する薬のマーケティングを担当しています。この治療薬は欧州では2013年からデンマークの製薬会社であるルンドベックより販売されており、日本で発売するにあたっては、大塚製薬が同社と共同で開発を進めました。
アルコール依存症は、本人の意思では飲酒のコントロールが難しいため、ひとりで回復を目指すことが難しい病気で、適切な治療を受ける必要があります。その治療は、基本的にはお酒を飲まない「断酒」を目指して、心理社会的治療を中心に行われます。
お酒に関わる疾患は200以上ともいわれており、過度の飲酒は、肝臓病、糖尿病、肥満、痛風などの生活習慣病のリスクを高めますが、アルコールの専門治療につながるケースは稀です。また、これまでの専門治療では、入院プログラムで断酒ができていたとしても、外来に移行してしまうと、断酒を継続することが難しく、再飲酒してしまう「スリップ」を繰り返すことで病態が悪化してしまう課題がありました。さらには、お酒をやめる決断ができない方は、受診をあきらめてしまうという問題もありました。
そうした中、近年では、すぐに飲酒を止めることができない場合は飲酒量を減らすことから始め、飲酒による害(Harm)をできるだけ減らす(Reduction)という「ハームリダクション」の概念が提唱され、世界的に広がりつつあります。日本を含めた各国のガイドラインで、断酒に向けて段階的なゴール設定として、飲酒量低減やハームリダクションなど言及されるようになってきました。
急にお酒を止めることのハードルが高く不安に思われる患者さんにとって、「まずはお酒を減らす」という断酒以外の治療選択肢が増えたことは、受診に対する抵抗感を減らすことに繋がっているのではないかと思います。
飲酒量低減薬は、飲酒欲求を抑えることで飲酒量を減らすことをサポートするエビデンスのある、新しいアプローチの薬です。日本でも新たに減酒外来が開設され、気軽に減酒の相談ができる医療機関が増えてきました。
お酒が好きで健康に自信のある方でも、飲みすぎてしまうと体調を崩してしまうため、控え目にしたいと思っている方は多いのではないでしょうか。「減酒」という新しい概念が広まり、多くの方に減酒によるメリットを知っていただくために、お酒と健康に関する啓発も行っています。
― 具体的にどのようなことに取り組んでいますか。
国内で減酒を広めるにあたり、日本人の飲酒状況や多量飲酒に関する社会課題を検討した学術文献のレビューや、調査研究、ご専門の先生からアドバイスを頂戴しました。国の調査によると将来健康リスクを高める飲酒をしている方は1000万人、アルコール依存症の疑いがあるレベルの方は300万人に対して、治療されている方は5万人程度と、ごく一部であること。治療につなげるべき方がつながっていない。そして多くの方がお酒との健康的な付き合い方に関する知識が少なく、相談できる先も知らないという現状が見えてきました。ご自身や身近な方がお酒の問題を抱えている場合でも、その対応に困っている方が多いと推測できました。
飲酒の社会問題に関しては、近年、飲酒運転の根絶を目指して事業所に対するアルコール検知器を使った飲酒検査の義務化が行われたり、企業の健康経営度調査の項目の一つとして飲酒習慣の改善が加わったりと、様々な対策が取られるようになってきました。2024年には、厚労省から一般の方向けに「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」が公表され、健康に配慮したお酒との付き合い方がより具体的に紹介されています。こうした動向も踏まえた上で、適切なメッセージの発信を心掛けています。
具体的には、一般の方に向けて飲酒量と健康リスクとの関係を正しく知っていただくために2019年に『減酒.jp』というサイトを立ち上げました。自身のお酒の問題に気づいた多くの方は、どのくらいの量が飲みすぎなのか、どれくらいお酒に依存しているのか、現在の飲酒量が自身の健康にどの程度の影響を及ぼしているのか、将来にどう影響するのか、お酒を減らす方法は何か、などをまずはネット等で調べることも多いかと思いますので、『減酒.jp』が信頼のおける情報源として活用いただけるように心がけています。
そのほか医療従事者への情報提供にも取り組んでおり、関連する学会等でアルコール依存症の診断・治療、減酒治療の実情について共有する機会を設けるなどしています。
― 減酒を広めるにあたり、医療関係者や患者さんへのヒアリングもされたと思いますが、印象的なエピソードはありましたか。
旦那さんのお酒の飲み方が心配でインターネットで調べたところ、はじめて減酒治療ができる医療機関があると知り、治療につながった、という話を聞きました。飲酒の問題は、ご本人だけではなく、ご家族も悩んでいます。身近な方にお酒の問題があった時に、どこに相談すればよいのか分からなかったという声を多く聞きました。
『減酒.jp』では「お酒の依存度チェック」という簡易テストを設けており、質問に答えていくと飲酒習慣の危険度を把握でき、必要な場合には受診を促す内容となっています。お酒の悩みに関する相談窓口や、専門の医療機関も『減酒.jp』から検索できますので、ご家族も相談できる相談先があることを知っていただきたいです。
間もなく40万ユーザーを突破!お酒を減らしたい方向けのアプリを開発
― 情報サイトに加えて飲酒量を「見える化」するスマートフォンアプリが好評だそうですね。
お酒を減らしたい方向けに「減酒にっき」というアプリを無料で提供しています。様々なお酒の種類を選択して純アルコール量(*)を自動計算してくれる機能が好評で、利用者は間もなく40万人を超えそうです。自身でまずは、お酒を減らすことに挑戦したいという人が多くいらっしゃるということかと思います。このアプリを使えば、毎日の飲酒量、お酒の種類やシチュエーション、どんな時に飲み過ぎてしまうのかなどを記録でき、飲酒状況やご自身に合った飲酒の量を客観的に把握することができます。そして、飲酒量の目標を設定すると、その目標に近づけるように飲みすぎてしまった時にはお酒を減らすための対処法や応援メッセージでサポートもしてくれます。
*厚生労働省が推進する「健康日本21」によると「節度ある適度な飲酒量」は、1日平均純アルコールで約20g程度。「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」は男性で40g以上/1日、女性で20g以上/1日と定義しています。
― 林さんが考えるお酒との上手な付き合い方とはどのようなものですか。
最近では、飲酒と労働生産性にも目が向けられ、過度な飲酒は健康問題による仕事の欠勤や仕事の生産性低下のリスクが高くなること、またうつや不眠の背景にもお酒の問題が隠れていることが指摘されています。飲酒が原因で仕事や人間関係がうまくいかなくなるということもありますから、働いている方は特に、翌日の仕事に影響のない飲酒量はどれくらいなのか、自分の適量を把握できていることが大切だと思います。
また、自分はお酒に強いのか・弱い体質なのかをチェックした上で、お酒を飲む・飲まない、飲むなら何をどの程度飲むのか、またお酒を減らすのか・やめるのかについて、正しいエビデンスをもとに自身で適切な選択をできていることが、お酒との上手な付き合い方だと思います。自分の体調や体質に合わせた、お酒との上手なお付き合いができる方が増えていってほしいと願っています。
お酒で困っている方を温かくサポートできる世の中に
―減酒を日本で浸透させる難しさなどはありましたか。
日本には、日本ならではの医療環境や健康課題があるため、日本に合った減酒の考え方や位置付けを導入する必要がありました。チームの仲間はもちろん、アルコール健康障害の診療に携わる先生方のご協力で日本に合った減酒のコンセプトを導入できたと思っています。飲酒量低減薬発売後は、日本の実臨床での使用経験に基づき発展しつづけています。皆さんのサポートに本当に感謝しています。
― 今後の目標やチャレンジしてみたいことはありますか。
減酒という言葉の認知度はかなり上がってきていると感じています。お酒を健康的に楽しむために減酒という選択肢があることを、もっとたくさんの方に知っていただけるよう活動していきたいです。アルコール依存症の患者さんに対しては、飲酒量低減薬を通してリカバリーを目指すことができる減酒治療を正しく広めていきたいと思います。そして家庭でも職場でも、身近な方がお酒の問題で困っていたら、適切な治療や相談機関につながるように温かくサポートできるような環境づくりにもつなげていきたいです。
【参考】
■厚生労働省 e-ヘルスネット 「アルコールによる健康障害」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol-summaries/a-01
■公益社団法人 日本精神神経学会 「アルコール依存症の新ガイドラインと治療ゴール」 湯本洋介、樋口進
https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1230080475.pdf
■厚生労働省 「健康日本21」 アルコール
https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b5.html
■厚生労働省 「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001211974.pdf
■大塚製薬「減酒.jp」
https://www.mhlw.go.jp/content/001102474.pdf